…黒傘をさした男が、陽向を往く…。既に、陽は真上を過ぎ、気温は35度を上回る勢いだ。男は、その数分前『公園口改札』を出たところに立ち、人の群れに圧倒されていた。信号が変わったのに漸く気づいた男は、黒傘を広げ、歩き出した。

 

…明治か大正の洋館風の佇まいを見せる外観は、館内においても同様に、過ぎ去った時間が今も流れているかのようだ。❮黒傘の男❯は、灯り取りの窓から射し込む陽の光りに思わず、足下がふらついて、手摺に手をやった…。

 

…8/3(土) 朝から男は、すっかり寛いでいた。シャワーの後の『一杯のリンゴ酢』が習慣になっている。でも最近、『ケールのスムージー』という緑黄色野菜のジュースもお気に入りだ!あ、そうそう…今日は❮上野❯に行くんだった!

…レースのカーテンが揺れて、風が通る。昔、こんなことがあった気がする。いつのことだったろう?色とか匂いとか、何か懐かしいものに触れているのだけれども、それが何か思い出せない…アァ 軽い、めまいと共に、目の前がストンと…暗くなった。

どれほどの時間が経ったんだろう…ゆらりと、立ち上がると周囲の様子が一変しているのに驚いた。あちこちに光々と灯りがつき、中でも、天井の中央からは一際立派な「シャンデリア」が下がり、燦然とその耀きを放っている…。そして今の、今まで人がいたらしい。そんなざわめきも聞こえるような…。❮…夢か…❯

…何か、遠くの方で微かな音がする。男は、慌てて耳を押さえた。幻聴か?クラクラする頭で必死に記憶を辿りながら、自問した。男には、確かに聞こえたのである。

…叙情的なギターの調べに寄り添いながら、『お雪』の声が…。

掌に握られた一枚のチケット。男は不審そうに目をやった。

…『こちらのお二人は、どちらの方だろう?』何たって、ぼやけているしなぁ…。

…外の空気に触れ、男は気を取り直して❮黒傘❯を広げた。歩きながら、ふと、振り返った男は、思わず声を失った。❮…洋館は、跡形もなく消えていたのだ…❯

❮あの夏休みは、もう…❯